光興業History
星光一誕生秘話
冷媒=ガス
屋=!!!
私の実家は、唐桑町大沢地区「現、気仙沼市」
ぜひ、グーグルアースなど、ストリートビューで
覗いてもらえたら幸いです。
私は民宿を経営している祖父『民宿 昭和屋』の孫として生まれてきました。星光一という名前も、祖父が、一番に光るお星様のように!
逆から読んで、七夕の彦星にかけて、一「ひ」光「こ」星「ぼし」一年に一度の七夕だけど何でも良いから1つ光ものがあれば!って思いで付けてくれたそうです。
祖父は、すごく尊敬する人でした。朝四時から海に出かけ漁師として漁業を営む傍ら、田んぼでは米を作り、田んぼの農機具を修理したり、家の大工もこなしていました。また、船を修理したり、魚を取るための網に図面を書いたりと私にとっては尊敬する、スーパーマンでした。
父は、長い航海の船乗りで一度海に出掛けると、1年以上帰ってきませんでした。
父は料理がうまく。お前の親父の料理は最高だって言われて育ち、
いつか親父の料理で民宿を大きく経営したいと思っていました。
光興業起業秘話
ただ、人生という航海には進路変更もあり。。。
羅針盤を頼りに冷媒屋として修行を積む日々
名付け親である祖父の想いを実現することなく、志も半ば時に申し訳なさが湧いてきますが、きっと天国から温かく見守ってくれてることと思います。
震災後、自分達が行っている『冷媒』の仕事の誇りとして!
今は、流されて無くなってしまった実家『民宿 昭和屋』に恥じない為に!
冷媒に屋をつけて!冷媒屋 株式会社 光(ひかる)興業を設立しました!!
光興業というと、一般的に「ひかり興業」と読まれ、得意先でも未だ「ひかり興業」と呼ばれます。実は「ひかり興業」ではなく『ひかる興業』です。どうぞ、お見知り置きのほどよろしくお願いします。
私、星光一にとって、光は、希望の光「ひかり」のイメージが強く。
いつの日か、私たちがこの社会の希望の光「ひかり」になれるように!
毎日、自分たちを応援、励ましの意味として
自分たちは、光るんだ!光るんだ!
そんな想いで、光「ひかる」興業にしました。
興業は、自分たちが何かを興すんだという強い気持ちの表れです。
私の会社の作業服の背面、トラック等には、『冷媒屋 ㈱光興業』と大きくプリントしてます。
それは、一人ひとりが仕事に対して、責任ある行動をとるように、そして、常に誇りをもって仕事に取り組んでもらいたいという思いです。
経営方針
社会人として周りから自分がどう見られるかは自分の存在の仕方次第です。
自分の仕事に手を抜くこと、自分に嘘をつくことは見抜かれてしまいます。
結果へのプロセスは人間の資質を問われます。
スーパーマーケットの仕事は、決して手を抜くことは許されません。
アイスや冷凍食品、生鮮品。自分たちのミスで溶かしたり。
生鮮品が傷んだり、365日24時間気を抜くことができません。
それは、「食」を支える自分たちの仕事ですから。
私は、常に経営者にはなりたくないと従業員に話しています。
とくに利益優先とか、経費削減などの経営者には。。。
私は常に職人であり!親方でいたいと話しています。
利益より、経費とかではなく。今必要なお客さんに最良の工事を!
こちらが、いい仕事をさせて頂き「ありがとう」をお客さんに言えるようにと!
利益よりも、良い仕事を早く綺麗に!
新しい技術、工具をいち早く取り入れて自分たちの技術の向上に!
小さい会社ですが、自慢できる工具ばかりです。
皆様の元へ、自慢のトラックで伺います。